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2008年〜2010年 読了本

世界は分けてもわからない
 哀しいことにだんだん、本が読めなくなった。

さっきまで優しかった人,片岡義男  夏目漱石全集 5,夏目漱石  大人は愉しい,内田樹・鈴木晶  鬼平犯科帳 1,池波正太郎  オーデュボンの祈り,伊坂幸太郎  カテドラル,デビッド・マコーレイ  「給食」って誰のもの?,河野淳治ほか  熊の敷石,堀江敏幸  夏目漱石全集 6(門・彼岸過迄),夏目漱石  村上ソングズ,村上春樹・和田誠  ティファニーで朝食を,トルーマン・カポーティ  笑う未亡人,ロバート・B・パーカー  ひとりでは生きられないのも芸のうち,内田樹  未亡人の一生(上),ジョン・アーヴィンク  未亡人の一生(下),ジョン・アーヴィング  ありがとうございません,檀ふみ  ラッシュライフ,伊坂幸太郎  磯崎新の都庁,平松剛  郊外へ,堀江敏幸  佐藤可士和の超整理術,佐藤可士和  パニック・裸の王様,開高健  新・東京23区物語,泉麻人 東京奇譚集ー2回目,村上春樹  河岸忘日抄,堀江敏幸  回転木馬のデッド・ヒートー3回目,村上春樹  スプートニクの恋人-2回目,村上春樹  真相,ロバート・B・パーカー  建築家 安藤忠雄,安藤忠雄  うちの猫ら,吉松文男・直子  夏目漱石全集 7,夏目漱石  火と水と木の詩 私はなぜ建築家になったか,吉村順三  ほんとうの環境問題,池田清彦・養老孟司  サーカスの息子(上),ジョン・アーヴィング  昭和のエートス,内田樹  神も仏もありませぬ,佐野洋子  夏目漱石全集 8,夏目漱石  1Q84(BOOK1),村上春樹  1Q84(BOOK2),村上春樹  ある日の村野籐吾,村野敦子  すまいの風景 Come on-a my house2,中村好文  サーカスの息子(下),ジョン・アーヴィング  建築への思索−場所を紡ぐ,益子義弘  蕎麦処 山下庵,山下洋輔  生物と無生物のあいだ,福岡伸一  磯崎新の発想法,磯崎新  うちの猫ら2,吉松文男  回送電車,堀江敏幸  世界は分けてもわからない,福岡伸一  美しいもの,赤木明人  夏目漱石全集 9,夏目漱石  めくらやなぎと眠る女,村上春樹  日本辺境論,内田樹  冷たい銃声,ロバート・B・パーカー  1Q84(BOOK3),村上春樹  黄昏,南伸坊・糸井重里  建築の地層,磯崎新  美しいこと,赤木明登  "中村好文 普通の住宅、 普通の別荘",中村好文  建築における「日本的なもの」,磯崎新  "さよなら、愛しい人",レイモンド・チャンドラー  告白,町田康  造物主議論 デミウルゴモルフィズム,磯崎新  めぐらし屋,堀江敏幸  人体の影 アントロポモルフィスム,磯崎新  文房具を買いに,片岡義男  神の似姿,磯崎新  コンスタンティノープルの陥落,塩野七生  夏目漱石全集 10,夏目漱石  建築家のおくりもの,磯崎新  暗号解読(上),サイモン・シン  レパントの海戦,塩野七生  新建築学大系31 病院の設計,  暗号解読(下),サイモン・シン  "村上春樹、河合隼雄に会いにいく",河合隼雄・村上春樹  シャーロック・ホームズの冒険,コナン・ドイル

堀部安嗣の建築  堀部安嗣

堀部安嗣の建築
 堀部さんは私よりも若いけれどあこがれの人だ。 若くて優秀な建築家はたくさんいるけれど、その人と同じ方向をめざしたいと思わせる人はそれほど多くはいない。
 誠実で無駄がなく、つつましやかで、かといって貧しくもなくシンプルで、簡素だけれど日々のくらしを切り捨てたりせず、暖かみがあるけれどべたべたせず、という建築はきっと彼の人柄があらわれているのだろう。
 当然中味もすばらしく、自身で撮った写真も設計者ならではの観点で、文章も真摯でありつつ嫌みがなく、図面も装丁も美しいというまったく非の打ち所がない本だ。

2007年 読了本

いつか王子駅で
2007年はこんな本たちと出会った。(どれも律儀に最後まで読んだが、結局出会えない本もいくつかあった)

老化とは何か 今堀和友、 私たちが孤児だったころ カズオ・イシグロ、 老いはこうしてつくられる 正高信男、 昭和33年 布施克彦、 Herzog &de Meuron 1987-2002 Herzog & de Meuron、 ローマ人の物語 15 塩野七生、 これだけは、村上さんに言っておこう 村上春樹、 鹿児島の原風景 田良島昭、 私家版・ユダヤ文化論 内田樹、 下流志向 内田樹、 チャンス ロバート・B・パーカー、 彼らの流儀 沢木耕太郎、 ロング・グッドバイ レイモンンド・チャンドラー、 鳥人計画 東野圭吾、 悪党 ロバート・B・パーカー、 夏目漱石全集 4 夏目漱石、 逆立ち日本論 養老孟司・内田樹、 ノルウェイの森(上)-2回目 村上春樹、 ノルウェイの森(下)-2回目 村上春樹、 狼少年のパラドクス 内田樹、 突然の災禍 ロバート・B・パーカー、 包帯クラブ 天童荒太、 逃げていく愛 ベルンハルト・シュリンク、 くっすん大黒 町田康、 チョムスキー入門 町田健、 文化人類学の視角ー2回目 山口昌男、 きれぎれ 町田康、 日本男児 赤瀬川原平、 蹴りたい背中 綿矢りさ、 街場の中国論 内田樹、 eメールの達人になる 村上龍、 沈黙 ロバート・B・パーカー、 村上ラヂオー2回目 村上春樹・大橋歩、 津軽ー2回目 太宰治、 桜の園・三人姉妹 アントン・チェーホフ、 賃労働と資本 賃金、価格および利潤 カール・マルクス、 国境の南・太陽の西ー2回目 村上春樹、 夜勤刑事−2回目 マイクル・Z・リューイン、 私の建築手法 '04 妹島和世ほか、 ハガーマガーを守れ ロバート・B・パーカー、 近代絵画史(上)ー2回目 高階秀爾、 マリナー氏の冒険譚 P・G・ウッドハウス、 ポートレイト イン ジャズー2回目 和田誠・村上春樹、 ポートレイト イン ジャズ 2ー2回目 和田誠・村上春樹、 近代絵画史(下)ー2回目 高階秀爾、 刑事の誇りー2回目 マイクル・Z・リューイン、 いつか王子駅で 堀江敏幸、 海辺のカフカ(上)ー2回目 村上春樹、 海辺のカフカ(下)ー2回目 村上春樹、 ポットショットの銃弾 ロバート・B・パーカー、 村上春樹にご用心 内田樹、 走ることについて語るときに僕の語ること 村上春樹、 雪沼とその周辺 堀江敏幸、 フェルマーの最終定理 サイモン・シン、 リンボウ先生 イギリスへ帰る 林望、 どうして僕はこんなところに ブルース・チャトウィン、 

ジーヴズの事件簿ほか  P・G・ウッドハウス

ウッドハウス
 まだCDなどないLPレコードの時代に「ジャケット買い」いわゆる「ジャケ買い」という行為があった。 この本はジャケ買いならぬ「装丁買い」(想定外ではなく)で選んだもの。
 ジャケ買いに意外とはずれが少ないように、装丁買いも裏切られることがあまりない。 けっきょく中身に自信があるからそれに見合った装丁にしようと力が入るためだろう。
 この森ヒカリさんの装丁、コシマキも含めて本当にすばらしい。 クラフト・エヴィング商会の装丁もいいけれどチャーミングという点ではこちらがまさっている。
 で、中身。 どれもみな英国的テイストに満ちていて楽しめる。 しかし、やはりジーヴズものが一番だ。 ご主人のお褒めの言葉にジーブズが応える「まことに痛み入ります」というフレーズが味わい深い。

いつか王子駅で  堀江敏幸

いつか王子駅で
 この小説、文章の息が異常に長い。 与謝野晶子の文章を読んだときを思い出した。  おまけに、ひとつの文章の中にいくつかの修飾文が存在するため、すっと頭に入ってこない。 そのためはじめは作者のリズムになじめず居心地が悪かった。
 この感じは初めて小津安二郎の映画を観たときの違和感に似ている。 小津は反対にどんどん短いカットをつないでいく。 慣れるまではぶつ切れの印象が強かったが今はむしろこのリズムが心地よい。
 気付いてみるといつの間にかこの小説のリズムに体がなじんでいた。 ある種の船酔いのようなものか。

桜の園・三人姉妹  アントン・チェーホフ

三人姉妹
 これも学生の頃挫折した本。
 今回、何とか最後まで読んだが、まだまだ修行が足りないようで、この本のすばらしさに出会うことができなかった。
 もちろん、どの人物造形も多面性があり、単なるいい人、あからさまに愚劣な人間といった描き方をしていないところはこの時代においては先進的だったのだろうと想像はしたが。
 また、いつか読み返そう。

賃労働と資本・賃金、価格および利潤  カール・マルクス

マルクス
 実はこれ大学1年の時の経済学か何かの教科書で、不熱心な受講者ではあったが「けっこうおもしろかった」ような記憶があり読み返してみた。
 「諸商品の価値は、それらの生産に用いられる労働時間に正比例し、使用される労働の生産諸力に反比例する」という部分の特に前段は授業でも聞いた覚えがあった。
 卒業し、設計という行為で世の中と関わって生きてきて、設計者として生み出している「商品」とは何なのか、いまだによくわからない。
 ましてや、「労働時間に正比例」するものなのかどうか。 だとすると、残念ながらこの商品、その価値通りにはまるで売れない商品だ。
 マルクスがここで前提としている「労働」とは生活の糧を得るためにやむを得ず従事するもののようだが、設計という行為はまったくそうではない。
 わくわくする楽しさにあふれているが、生活の糧を得るのにはあまりというかぜんぜん向いていない。

「津軽」   太宰治

津軽
 二十数年ぶりに太宰治を読み返した。
 学生の頃、そこそこ熱心な彼の愛読者だった。 若さのせいでこしらえてしまう傷口に、塩を塗り込むように彼の小説を読んだ。(ような気がする)
 それから、そこにあふれる自虐性に少しずつ鬱陶しさを感じるようになりずいぶん遠ざかっていたわけだが、久し振りに読み返してみてやはり彼の文章はみずみずしく、屈折しながらも明るさに満ちていることを再発見した。 そう、意外に思われそうだが太宰治はまったく暗くないのだ。
 よくよく考えてみると、私も彼が亡くなった齢をずいぶん過ぎた。 その分、昔読んだときには気付かなかった彼の若さが見えるようになった。 このように古い小説を読み返すというのは、ある定点を基準に自分の移動距離を測る行為に似ている。

「街場の中国論」  内田樹

街場の中国論
 いわゆる「内田本」の一冊。
調べてみると、2002年6月に『「おじさん」的思考』という本に出会ってから、この「街場の中国論」まで約5年の間に内田樹という人の著作を(共著も含め)18冊読んだことになる。
 これは異常な数字でご本人も粗製濫造のそしりは免れないとおっしゃっているが、ごく一部を除きそれらを読んでいる側の私の評価は相変わらず高い。
 たとえば、「自立とは何か」ということについて、「ひとことで言えば、それは『自分がどのような依存関係に含まれているかを俯瞰できる知性を持つ』ということである。」というような文章に出会えるのは、うれしい。

「老化とは何か」ほか2冊

老化3冊

 当たり前かも知れないが「老い」というものに対して明るい気持ちになれない。 けれど、それは当然なんだろうか?という自分自身の問いに答えを見つけるために読んだ本。
 これらの本を読んでみて、少なくともわくわく・うきうきするような状況ではないようだということはわかった。 しかし、老いるとはどういうことなのか、結論としては「やっぱりよくわからない」。
 アポトーシスやテロメアの話は大変興味深いが、やはり自分で生きて、老いてみないと結局実感はできないのだろう。

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